情報コード  DXJ1
情報登録日  2020/01/01
情報作成者  河井正治

スキージャンプの見所
目をみはるダイナミックなジャンプ

 データベースのスキージャンプの科学その1で解説したのは、V型ジャンプ、前傾姿勢、落下断面積である。
その2では、動的嗚呼力揚力、サッツの科学である。参照いただきたい。
見所はそれにそって考えてみる 。

1.ぜひ実際の競技を見てみよう!
 ジャンプ競技はその規模や選手の動作のダイナミックさに圧倒される。
 頭上200mの高いところから一気に直滑降で降りてきて、空中に飛び出し、100m以上も飛翔して着地する。スタートから最後に降り立つ地点まで500mほどもある。これがわずか数秒間で行われる。私が初めて大倉山競技場でこの競技を見たとき、大自然の中で人間がここまでやれるということに驚愕と感動を得た。すごい競技である。
 テレビ中継も状況を正しくわかりやすく伝えてくれるのであるが、実際の競技を目の当たりにしてほしい。大自然の中の人間の勇気ある行動、知的な動作を駆使、習熟による高度で大規模な選手の動作・・・・臨場したその体験は生涯忘れられないものになると思う。
 魅力的なスキーノルディック種目のジャンプ競技、その見所を考えてみる。詳細は「スキージャンプの科学 その1、その2」を参照いただきたい。

2.落下断面積と抵抗断面積 
  図1は、ジャンプ競技の一連の動作を表示したものである。映像は、2018年度HBCカップ戦の男子優勝者のS選手の2本目ジャンプのものである。

               図1.ジャンプ競技の一連動作

 競技は簡単である。スタートして助走路を滑り降り、踏切台(カンテ)で空中に飛出し、惰性で飛翔し、テレマーク姿勢で着地する、という動作の一連で飛翔した距離を争う。勿論着地で失敗し転倒すると大きく減点される。着地点の勾配は約37°で、訓練された選手でないととても転倒しないで着地することは困難な急斜面である。
 勝敗は、飛翔時の選手のフォームの採点(飛型点)と、ジャンプ台で定められた基準距離(K点という)からの差異をポイント化したもの(飛距離点)の合計で競うことになっている。詳細は省略するが、飛距離を長くするためには飛翔時を空気抵抗のない正しい姿勢に保つことが必須なので飛型点も高く、事実上遠くまで飛んだほうが有利というルールになっている。
 日本はジャンプに関する理論はトップ水準で、その内容は本質を突いたものと高く評価されている。スキージャンプのインテリジェンスをよく観察して欲しい。

2.ジャンプ飛距離を伸ばせ!
 図2は、実際のジャンプにおける選手の落下の状況の模式図である。選手の飛翔(落下)の移動軌跡を赤で示している。選手は踏切台から飛び出した直後から落下を始める。着地点まで落下する間、選手はスタート後の助走で得られた飛び出し速度で空中を前進する。(勿論、前方向の進行も空気抵抗でどんどん速度が低下する。)この飛翔落下で選手が落ちた距離とその時間に前方へ進んだ距離との合成で着地点が定まる。着地点と踏切台との距離が飛距離として計測されることになる。

              図2.ジャンプにおける落下の状況

 ということから飛距離を伸ばすためには1.落下し難くすること、2.前方方向の飛び出し速度を出来るだけ維持する、の2つのことが考えられる。
 第1は、落ちていく時間が長ければその間に前に進むので飛翔距離を稼げる。つまり落下速度が遅ければ落ちていく時間が多くなるということになる。重要なポイントである。
 第2は、前に進む速度が速ければ当然落下する間に多く進むので飛翔距離が大きくなる。しかし、踏切台からの飛び出し速度は競技上全員が揃うように実施されているので、これ以上速くはできない。飛び出し時の速度は空中進行に伴い空気抵抗によりどんどん速度が低下してしまう。この速度の低下を小さくできれば、落ちていく間により遠く飛ぶことができる。進行宝庫方向の速度低下をどう抑えるか、ここが第2の重要なポイントになる。
 この2つのポイント、「落下問題」、「前進飛翔問題」が大きくクローズアップされる

3.落下問題
 板状の物体が空気中を落下する場合、断面積の大きい物体は空気から受ける流体抵抗が大きくなる。一般に落下物体は重力によって加速されて落下速度がどんどん速くなっていく。しかし、断面積が大きい場合空気抵抗によって重力による加速分が減少されてしまう。当然、物体の重さが同じならば断面積の大きいほうが落下速度が遅くなる。落下速度が遅いということは落下時間がかかることになる。ゆっくり落ちるのである。落下時間中に選手の飛翔は前進しているので、落下時間が長くなるということで着地点が遠くなり、飛距離が伸びることになる。飛距離を伸ばす1つの重大な方法である。落下方向の断面積を大きくして落下速度の増加を抑え、落下時間を稼ぎ、その間の前方の進行距離を増やすという方法である。落下方向の断面積は選手の飛翔を下から見上げた方向の断面積である。これを「落下断面積」と呼ぶ。
 図3は、選手の姿勢による落下断面積の増大を示したものである。

            図3.選手の姿勢による落下断面積の増大

 従来は左のように「気を付け」姿勢であった。現在右側のように、スキーをV型に開いて、手も大きく開いて、落下方向の断面積を精一杯大きくした姿勢である。この姿勢が現代ジャンプの常識となっている空中飛翔フォームである。

4.「前進飛翔問題」
 前に進む速度が速ければ当然落下する間に多く進むことができるので飛翔距離が大きくなる。しかし、踏切台からの飛び出し速度は競技上全員が揃うように実施されているので、これ以上速くはできないことが問題である。選手が踏切台から飛び出して飛翔が始まると前進方向からも空気の流体抵抗を受ける。そのため、飛翔の前進方向の速度は刻々と減速して行く。できれば飛び出し時の速度をできるだけ維持することができれば、落下してしまうまでの間の前進距離が多くなる。進行物体の断面積が流体抵抗に比例するので進行方向の選手姿勢の断面積を小さくすれば抵抗を減らすことができ、速度の低下を遅らせることができる。「前進飛翔問題」では、落下の場合と反対で、前進方向の断面積を小さくすると流体抵抗を小さくでき速度低下を遅らせることができることになる。前進方向の断面積を「抵抗断面積」と呼ぶ。「飛距離を伸ばすために抵抗断面積を小さくする」ということが着目されようになった。今やこれはジャンプ界の常識となっている。実は、ここで重要なのが前傾姿勢なのである。抵抗断面積は選手の姿勢の取り方で大きく変えることができる。図4は、選手の前傾姿勢による落下断面積の増大を示したものである。

                図4.前傾姿勢よる落下断面積の減少

 選手は落下方向の断面積を小さくするためにスキーと手を広げている。前進方向にも横には広がっているので、紙のように「薄っぺら」にすると断面積を小さくすることができる。図4の右のように身体傾斜が少ない(身体が立っている)と正面からは頭肩以外に腰・腹・足・手などが見え断面積は小さくない。左側のように前傾姿勢を取ると頭・肩・手・スキーが「薄っぺら」な板の中に入ったようになる。断面積は極小となる。「前傾姿勢」は抵抗断面積を減らす重大技術なのである。「前傾」という言葉はテレビ中継などでよく聞くと思う、この言葉にはこんな重大な秘密があったのである。これも今や現代ジャンプの常識となっている
5.飛距離を伸ばすさらに高度なテクニック!
 K点が標準点になっているので、それより長く飛ぶにはさらに高度なテクニックが必要となる。それには空気という流体とその特質を旨くコントロールするという究極のスポーツインテリジェンスを駆使したジャンプが行われている。大きな魅力と感動を生む世界である。K点を大幅に越えるジャンプをするため行われているのは、
 1.助走後の前方への飛び出し速度を上げて遠くまで飛ぶ、
 2.何らかの方法でさらに落下速度を減少させて落ちていく時間を長くして遠くまで飛ぶ、
の2点である。

5-1.踏切後の前方への飛び出し速度を上げる!
 直滑降による加速区間が一定になるように助走距離を一定にして競技が行われる。そのたm、踏切後の前方への飛び出し速度は男子の部で約90㎞/時くらいに抑えられている。しかし、スキーの滑り具合で約±3%位の差が生じる3%の速度差はそのまま飛距離に影響する。K点が123mならば±約3.7mの差になる。結構大きい。
 踏切後の前方への飛び出し速度を上げるには、選手の滑降姿勢を効率的にとる方法とスキー板の滑りを良くすることが考えられる。高度に訓練された選手たちの直滑降姿勢は習熟されており、姿勢の取り方や動作で滑降速度がさほど大きく違うことは考えられない。
 そこで着目されるのがスキーの滑り具合である。スキーの滑り具合を調節するにはワックスが使われる。雪の温度や湿り具合で数あるワックスから選んでスキーに塗る。これには経験による熟練が重要であると聞く。競技前のテストジャンプで雪の状態を知り、本番ジャンプでは適正ワックスを塗る。これはトップレベルのジャンプを競うには選手やコーチの必須事項である。

5-2.落下速度を下げる!
 K点よりさらに遠くへ飛ぶには、空気が流体であることを利用して揚力を発生させるテクニックを使う。選手がジャンプで飛翔する局面は空気という流体の中を選手の身体が移動していることになり選手が姿勢の取り方次第で流体の特性により揚力を発生させることができる。揚力を重力と反対方向に発生させると当然落下速度を減少させることとなり、落下時間を長くすることができることになる。知的で高度なテクニックである。その原理がわかってそれを巧みに実行している大ジャンプを見ると、「ここまで人間ができるのか」と大きな感動を受けてしまう。
 飛び出し直後選手の身体はまだ落ち始めで落下速度はそう速くないのだが、前方には90㎞/時という高速度で移動している。選手飛翔の前方への高速進行を巧みに利用して揚力を発生させるのである。
 図5は、動的圧力での揚力の原理を示したものである。斜めに置かれている物体に水流が当たると、物体を押し戻そうという力(図には表記していない)と物体を押し上げようとする力の成分が発生する。この押上げようとする力が「動的圧力による揚力」である。ジェット機は羽が後ろに少し傾いたように機体に取り付けられており、進行速度250㎞/時以上の進行速度では高速の空気が強く羽に当たるので機体を押し上げようとする力が発生し、あの何百トンもある機体が浮き上がるのである。

                図5.動的圧力での揚力の原理


               図6.前傾は水平より」若干起こして

 図6が「動的圧力による揚力を十分に活用した前傾姿勢である。ジャンプの飛翔選手では、90㎞/時という高速の飛び出し速度で、大きな揚力を得ることができている。空気の流れを胸に呼び込む気持ちでの水平より若干起こした程度がいいと思われる。身体が立ちすぎると前方への抵抗断面積が増え、前進速度が急に落ちてしまい、落下時間内に進む距離を減らせてしまう。この傾き程度が大きく飛距離に影響がある。どのくらいがいいか、これが選手の経験と技量で決まることになる。トップ選手の力を発揮するポイントなのである。

6.踏切台での蹴り!
 飛距離を伸ばすのに最も効果があるのは、踏切台から飛び出し時の踏切台の蹴りであると言える。ジャンプ用語で、ここで話題にする踏切瞬間の動作を「サッツ」と言うようである。選手が踏切台から飛び出す瞬間(サッツの瞬間)の映像を注意深く観察してみよう。図12は2018年度のHTV杯ジャンプ競技会の決勝でのW選手の2本目ジャンプの踏切瞬間前後の連続映像である。当日のこの大会決勝はW選手とS選手の一騎討となった。好調の両選手は2本目ジャンプで、W選手は飛距離128mとK点より5mも伸ばしたジャンプであったが、直後S選手は134mの大ジャンプを飛んだ。S選手の優勝であった。両者とも踏切台からの飛び出し速度は89.1㎞/秒と同じであった。

               図7.両選手(下段)の踏切の様子

 図7は、両選手が踏切台を飛び出す瞬間を0.0秒としてその2コマ前から1コマずつ(0.0333秒ごと)表示したものである。
 一般に平地ならばジャンプ動作は、直前にしゃがみ込んで、瞬間に力一杯地面を蹴って空中に飛び上がる。蹴った後は膝が伸びでいる。図の足の曲がり具合を見ると、両選手とも2コマ前からのしゃがみ込んだ状態からジャンプのために助走路の雪面を蹴り始めている。しかし、W選手(上段)は、膝の曲がり具合から、台の端満を通過する瞬(サッツの瞬間)間には蹴り終わっておらず、蹴り終わりの膝が伸びた状態になったのは2コマ後の0.0666秒であった。スキー板は膝を伸ばした分だけ下に下がってしまっている。蹴りが完全に遅れたのである。踏切台は飛び出し角度を-10°で設定してあるので、本来の身体の飛び出しは-10°の下方へ向かうはずであるが、0.0秒瞬間の蹴り始めの効果が少しあって彼の身体は-7度で下方にむかうこととなった。
 大ジャンプを飛んだS選手の連続映像をみるとサッツ瞬間の0.0秒以後、スキー板が少しであるが上昇していることがわかる。これはつまり、彼がサッツ瞬間に雪面を蹴ったことを物語っている。彼は雪面を蹴ったので身体が上に飛び上がったのである。0.0333秒後の映像ではもう膝が伸びているので、蹴りが終わってることがわかる。スキーの板の上昇で飛び出し方向の角度を測ると約2°の上昇であった。高速で滑りながらスキー板を介して雪面を蹴るのであるから、ほんの少しだけの上昇と思われるが、実はこれが130mを越える大ジャンプを生む原因なのである。
 図8は空中に飛び出した後の選手の飛翔(落下)の状況を軌跡で描いたものである。

               図8.空中飛翔の軌跡

 踏切台の角度通り-10°で空中に飛び出した場合の飛翔軌跡を赤線で示した。これに対し、S選手の+2°で飛び出したときの軌跡をピンク線で示した。単純な幾何学的状況を示したものである。ピンク線は上向きに飛び出したので、軌跡は赤線より上側を推移して、赤線が着地した時にはまだ12.7m先の空中であった。そのまま落下したとして、落下地点は37°の傾斜があるので、飛距離にして14.1m先に着地することになる。飛び出し方向がわずか12°違うのであるが、123m先ではこんなに大きな飛距離差になってしまう。サッツでの雪面の蹴りのタイミングが合ったS選手、蹴りタイミングが遅れたW選手、明暗を分けることになった。

7.サッツでの蹴りのタイミングを合せるのは至難の技
 図9は、踏切台のサッツ動作の模式図である。選手は助走路を滑走して約90㎞/時ほどの速度で踏切台から空中へ飛び出していく。例えばS選手とW選手の飛び出し速度89.1㎞/時では、0.1秒前というのは踏切台の端部から2.48mも手前なのである。

              図17.サッツのタイミング

 スキーのジャンプは、飛び出した台の端から着地するまで空中にいた分の距離だけを計測するというルールである。選手にとってサッツの瞬間の雪面の蹴りが飛距離に大きな影響を及ぼすので蹴りタイミングが極めて重要である。前述の例のように遅れると大きな損をする。
 しかし、手前で助走路の雪面を蹴ってしまい空中に浮かぶと、踏切台までの差が実質飛距離からすくなくなってしまう。0.1秒前に蹴ってしまうと、2.48m手前からジャンプすることになるので、37°の急斜面ランディングバーンでの換算では飛距離が4mも少なくなってしまう。出来るだけ蹴りはギリギリにすることが求められることになる。仮に踏切台端部から1m以内を目標とするとタイミングを合わせる余裕時間は0.04秒となる。このタイミングに動作を合わせるというのは至難の業なのである。

8・ジャンプ競技の見所
 このように高度なインテリジェンスを駆使してのノルディックジャンプ競技には多くの魅力がある。列記する。

1.大自然の中をダイナミックに高速で空中飛翔をしながら滑り降りてくるこの競技、その雄大さとスピード感、恐怖のなかで高度な技術をなめらかにする選手の躍動感・・・・。
 ジャンプ打のあるところへ行くのは他愛編かもしれないが、ぜひ実戦を現地で味わってほしい。私は初めて大倉山で観戦したとき、神業的な選手の動作に驚愕と大きな感動を受けた。

2.落下断面積と抵抗断面積を生む前傾姿勢
 踏切台から空中に飛び出した選手の飛翔姿勢は前傾とスキーをV型に広げることが基本である。V型に広げることは落下断面積を大きくするためである。前傾姿勢には前進方向の抵抗を薄っぺらな姿勢で小さくすることが狙いである。選手がどのように実現しているか見てみよう。

3.ちょっと斜めの前傾姿勢は前方方向の飛び出し速度による動的圧力のよる揚力の利用のためである。前傾の加減具合で揚力と前方方向の空気抵抗が大きく違う。トップ選手の技量を見てみよう。

4.サッツ瞬間(空中への飛び出し瞬間)の雪面の蹴りが130mを越す大ジャンプの原動力である。蹴りのタイミングが踏切台通過のあとでは、雪面を蹴れない。効果がない。蹴った瞬間には選手の膝が伸びる。膝の伸びと踏切台通過とのタイミングは、サッツの状況を映し出す放送映像を注意深く見るとよくわかる。トップ選手の大ジャンプがこの瞬間に予測できる。そんな楽しみも味わえるサッツ瞬間である。