情報コード  DYF1
情報登録日  2019/03/15
情報作成者  河井正治

.野球のインテリジェンス

2.内野守備の科学 その1

・・・・繰り返し練習は脳の訓練ルートの開発・・・・

1.頭脳と神経による動作の反応での訓練ルート
 野球の内野守備を考えるとき、人間の「急発的動作開始」時の脳を中心とする動作の状況を考えなくてはならない。このことはこのデータベースのスポーツ共通の項で解説した
 内野守備で相手バッターが球を打った直後の動作開始は極めて重要である。飛んでくる打球に遅れを取ったらヒットになってしまう。相手チャンス時なら決勝点になって敗北かも知れない。プロ野球選手の打った打球の速度は平均的に100km/時位という統計がある。仮に遊撃手の場合、ホームの打者と守備遊撃手の距離は約30mとなる。打球速度から計算すると、打者が打った瞬間から1.1秒で球は遊撃手に到達する。敵の打った球に遅れをとってはならない。
 先の解説で、人間の行動制御は図1のように行われると解説した。目や耳などのセンサーの情報を神経で脳に伝達し、脳からの指示で筋肉を作動させて身体動作を行うという方式で行われる。目や耳などの感覚器からの情報信号は神経を介して、まず脳に伝達される。目や耳の信号が約0.1秒で脳に伝達され、状況の識別、動作選定作業が脳内で行われ対応動作の指示が筋肉の方へなされる。人間の動作は脳からの指示があると筋肉などの各部所で自立的に実施処理が行われる。自立分散処置と言われる。そうしないと、人体の身体各所の筋肉や臓器などの数十万以上にもなる実施部所を脳で全部制御できるわけがない。地球上の生物が神から頂いた素晴らしいメカニズムである。従って脳からの指示があれば、その後の作業は脳の関与なしに各部所で自立的に行われる。脳は必要な器官に動作開始の指示をするだけである。一定間隔で制御を間欠的に行いその間は惰性進行や自立動作に任せるという制御形態を工学的に「インチング制御(インチ刻みの間隔での間欠的制御をするということからでた名称)」と解説した。さらに身体の生活活動は、脳からの0.1秒の時間間隔(人間の生体運用クロック)での動作指示の繰り返しで運営されていることと解説した。脳内での状況識別や動作選定などの作業処理時間は各器官からの神経を介した信号伝達比べると極めて速いようである。
       


            図1.頭脳と神経による動作の反応系

 図1に示したように、一般的な生活活動の動作は脳内の一般ルートを介して行われる。目や耳からの情報が神経を伝わって脳に転送(赤枠矢印)されると、脳内の専用の認識処理ゾーンで識別し状況を把握する。内容が別のゾーンへ渡されて(ピンク線)対応動作を選別し筋肉への指示を行う。この一般ルートには動作開始まで0.6~0.8秒くらいかかる。動作の選別や実施手順の策定に時間がかかるためである。しかも、今までにない動作なので、動作の節目ごとに脳が対象部処に動作開始指示をしなくてはならない。
 これは図2の左側の状態である。選手などと違い訓練されてない状態では、捕球作業に一連の動作(打つ瞬間から来る打球に追いつき捕球する)には動作の節目ごとに脳からの指示で行われなくてはならない。そのために神経を介しての指示や完了のやり取りを何度もすることになる。神経の情報伝達は0.1秒クロックで行われるため、やり取りごとに0.1秒を要する。人間の普通の生活活動では何の問題もなく行われるのであるが、敵の打球が迫って遅れを取ることができない場合はそうはいかない。そこでスポーツ選手は訓練による習熟で、一連の動作を滑らかに機敏にできるようにして対応する。訓練ルートによる動作実施である。
   


           図2.一般ルートによる動作と訓練ルートによる動作の違い

 図2の右側のように、十分な訓練によって対応動作を習熟する場合、目や耳からの信号認識後、習熟した訓練ルートを介して一連動作の開始指示が行われる。このルートでは脳からの開始指示だけで一連動作が行われるので、対応が極めて速く行われる。先の解説でスポーツの繰り返し訓練や手工芸などの熟練作業の習熟訓練がそれであると述べた。このルートを訓練ルートと名付ける。この訓練ルートの育成や蓄積はどうも小脳で行われているのではないかと思うが明確ではない。打ったり投げたり走ったり泳いだり、人間が行う生きる活動はこの訓練ルートの存在があってのことだと思う。訓練ルートによる高速動作処理という脳の機能は競技スポーツ実施にとって極めて重大な特性なのである。
 スポーツの繰り返しトレーニングが単に身体を鍛錬することが目的ではなく、脳の訓練ルートを開拓するというもっとも重大な役割がある。繰り返し練習が単に鍛錬ではなく訓練ルートの開発・蓄積であることが大切なことなのである。
 今までの計測的経験によると、このルートでは目や耳に感じて筋肉が動き始めるまでの所要時間が男子なら 0.2秒台、女子なら0.3秒台であった。動作が始まるとその後一気に動作終了まで向かうことになる。男女の差は本質的な構造の差なのかもしれない。

2.野球内野守備の科学

1)「急発的動作開始」状況
 野球の内野守備は、味方ピッチャーの投球を相手打者が打って、迫ってくる打球を追い捕球してファーストに投げるという一連の作業動作が主体となる。図3のように、内野手は、相手打者が打つ直前まで体制で構えており、打った瞬間からの一連の動作は訓練ルートで行われる。一連動作は、打撃瞬間の直後、急速に打球方向に身体を動かし球を追う動作から始まる。正に「急発的動作開始」状況で、これが日常的に行われていることになる。移動しながら捕球体制を整え、捕球を行い、早急にファーストへ送球する。

               図3.内野手の捕球動作

 図3のように通常では内野手は相手が打つ瞬間まで静止状態で構えて待つ。相手打撃を目視し脳からの球追い動作開始指示までは0.2秒かかる。その後は静止状態からの「急発的動作開始」状態になり、隠れ反動時間と加速時間のため約0.3秒の時間を要して球追い動作の移動速度に達する。このあと高速で捕球位置へ移動することとなる。結局、相手の打撃瞬間の目視から球追いの身体移動速度に上げるまで0.5秒要する。脳からの支持を受けて同時並行的に(自立分散処理)に捕球姿勢確保が同時進行的に行われる。これは、0.2秒くらいで完結するので、移動速度確保前に行われてしまう。
 0.5秒後には球追い移動速度が確保され捕球姿勢が整っているので、球に追いつけさえすれば守備が上手に実施されることになる。つまりこの0.5秒以後は、「準備が整って後は球が来るのを待つだけ」と余裕を持つことになる。この相手打球が来るまでの時間を余裕時間と呼ぶ、
 時間数値は観測したこの時の男子高校選手の平均値で人によって大きく(0.1秒くらい)ばらついていた。あくまでも目安データと考えて欲しい。以下この平均値データで考察を進めていく。
 前に解説したが、高校選手の瞬間的な移動速度は経験的には平均値として8m/秒位(100m走で12.5秒くらい)であった。敏捷な人や脚力のある選手、ファインプレー画像でよく目にする瞬間に飛んで寝そべって捕球する場合などはもう少し速いかも知れないが、平均的にはこの速度である。野球守備では、0.1秒間に0.8mの移動と考えて解析する。 
 「急発的動作開始」の代表的な例として競泳や陸上などのスタートがある。スタート動作の場合は静止しなくてはいけないというルール上の制限に加えて直後に力いっぱいジャンプや発進をするという宿命があるため、反動をとるという人間の本能的な行動が出てしまうと解説した。反動のための沈み込み分としてさらに0.2秒の所要時間の増大が生じてしまっていた。
 野球守備で、相手の打撃に備えて構えるという状況下の「急発的動作開始」では、静止を強いられるわけではないので動作開始に大きく反動を取ることはない。しかし図4で示すように、まず目で打撃確認後に脳からの「球追い」開始の指示で0.2秒後に動作が始まる。その後、静止状態から「急発的動作開始」から大きな自分の身体を8m/秒もの高速移動速度にするには、慣性モーメントの影響必ず「隠れ反動時間」が生じることは前にスポーツ全般の項で解説した。それに0.2秒、加速に0.1秒所要するので合計で0.3秒ほどかかることがわかった。もちろん選手の体重や能力によって違うので、あくまでも平均値での議論である。
 とにかく、相手打撃瞬間を目で見てから捕球姿勢確保までの「急発的動作開始」では、所要時間が0.5秒間かかることになる・内野守備者にとってどんな打撃球がきてもこれは選手固有の一定なデータである。

        図4.「急発的動作開始」状況での移動速度の状況


2) 守備可能範囲の考察
 図5は、野球ダイヤモンドと内野守備の一般的配置の模式図である。ベース間幅の半分ずつを一人で担当するのが一般的であるが、ファーストは各内野手からの返球を取るための体制作りのためファーストベースよりに構える場合も多い。その場合は、セカンド守備担当範囲が若干広まることになる。ベース間幅は27.43mと決められているので、一般的には内野手の担当する範囲は半分の13.7m位となる。

          図5.守備配置   図6.守備必要範囲と守備可能範囲

 図6に示すように、普通内野手は守備必要範囲13.7mの中央で構え、左右に守備移動して対応する。しかし、如何に訓練ルートを研ぎ澄まして習熟しても、図3、4に示した人間の運動能力的な制限のため、どうしても守備の可能範囲が生じてしまう。可能範囲を超えるような打球には対応できず抜かれてしまう。

①選手自身の守備範囲
 図7は、選手自身の移動なしでカバーできる守備範囲である。姿勢の取り方と手伸ばしでのこの範囲が守備可能と考えられる。この数値は選手の身体の動かし方や体格等で個人差があるので、私個人で姿勢をとって計測した値を参考にする。
            


             図7.移動しない場合の守備範囲

 内野手の必要守備範囲は塁間距離の半分なので13.7mであるから、選手が球追いをしなくても守備できるこの1.5mによるカバー率が11%あることになる。


②打球速度との考察
 打球速と守備可能範囲との関係を見てみると大変興味深い。図8のように、例えば遊撃手で考えてみる。ほぼライン上で守っているとすると、バッターからだいたい30mくらいの位置で構えていることになる。打った瞬間からここまでの打球の進行は、打球速が100㎞/時の場合は1.1秒ほどかかる。「急発的動作開始」での捕球移動速度確保までは0.5秒かかるので、球に追いつく時間には0.6秒ほど余裕ができる。余裕時間の間に選手は(8m/秒で移動するので)4.8m進めることになる。左右の分9.6mと選手自身の守備範囲の1.5mで、全守備可能範囲は11.1mとなる
     


             図8.100㎞/時の打球速場合の捕球動作

一般に高校野球での平均打球速度は90㎞/時、プロ野球で100㎞/時位と言われている。会心の当たりをした場合とかイチローなどもともと打球の速い選手は120㎞/時にもなるという。

    表1.打球速と守備範囲との関係


 表1は、90㎞/時、100㎞/時、120㎞/時の場合を計算したものである。必要守備範囲を13.7mとして、必要守備範囲のカバー率も算出した。守備可能範囲から外れる打球は捕球できないのでヒットになってしまう。打球速が90㎞/時の時は、守備範囲が12.7mになり、カバー率が93%を越え、ヒット確率が7%しかなくこれを狙うのは難しいことになる。打球速が速いと守備のカバー率が下がりヒットの確率が上がる。このことはバッティングの打率向上の重大なヒントになる。詳しくはバッティングの項で解説する。それにしても120㎞/時の打球では、守備選手の間を抜けてしまう率が4割強にもなる。
 一般に打率の高い大選手は打球速が速い。打率が高いということは、打球速が速いのが大きな要因であるといえる。
 この表で注意しなくてはならないことは、守備選手が0.1秒間に80cm移動しているという前提である。もし、訓練不足で70cmしか移動できなければ、相手打球速が90㎞/時でも、守備範囲が11.3mとなってしまう。カバー率82%に落ちて、ヒット確率18%となってしまう。秒速8mの移動速度は訓練された高校野球のレギュラー内野手のデータである。

③ファースト塁殺の考察
 内野守備は、捕球後1塁に球を投げて、相手打者の進塁を阻止しなくてはならない。守備の最大の目的である。図8に示すように、プロ野球レベルの状況を想定して考えてみる。
 まず、打者は足が速く、100m走が12秒くらいの速度で打撃後1塁に駆け込むような場合を考える。そうすると、打撃後1塁までの走塁時間は約3.4秒になる。打球速はプロ野球の平均と言われる100㎞/時くらいであったとする。打球は三遊間のライン上あたりに飛んできたとすると、打ってから1.1秒ほどで到達する。
 遊撃手は、捕球に向かうが、「急発的動作開始」で0.5秒かかっても、余裕時間が0.6秒あるので球に追いつき落ち着いて捕球ができる。
 間髪を入れずにファーストに送球しなくてはならない。ここで、急に捕球姿勢から投球姿勢に転換しなくてはならない。急な姿勢変更である。これも「急発的動作開始」相当になって、経験的には0.5秒ほど要してしまうと考えられる。
 遊撃手の送球速度が120㎞/時くらい(平均的)の場合、ファーストまでは0.9秒かかる。

         

              図8.ファースト塁殺までの要時間

 打者の走塁時間3.4秒に対し、遊撃手に許される時間を考えてみる。球到達時間が1.1秒、捕球のための「急発的動作開始」時間が0.5秒、捕球姿勢から投球姿勢への「急発的姿勢変換」時間が0.5秒、送球飛翔時間が0.9秒で。合計すると3.0秒となる。「球追い」を含めて内野手に許される余裕時間は0.4秒しかない。結局守備可能範囲は、この0.4秒間に進む3.2mと、最初の捕球のための「急発的動作開始」で進む0.8mを合わせて4mとなる。左右合計では8mとなり、必要守備範囲のカバー率は58%になってしまう。プロ野球の内野守備はこんなにシビヤーな状況で行われているのである。

3.その2に続く
 内野守備の状況がわかったと思う。これに対して、できるだけヒットを打たせないように、試合ごとに大変な努力が行われている。ピッチャーは如何に芯に当たらないように打たせるかで、コースや球速・球種の変化を駆使してなんとかバッターを翻弄しようとしている。内野手は、捕球から送球までの一連の動作を円滑に素早くするための習熟訓練に時間をかけて真剣に取り組んでいる。ともすればピッチャーの剛速球やバッターのホームランなどの成果に目を取られがちであるが、内野手も大変な努力をしているのである。
 長くなるので、分割して続きの解説を行う。神の与えてくれた人間動作における「動的反射能力」という極めて優れた能力がある。その2では内野守備においてその有効な活用法を考えてみる。さらに脳の訓練ルートのより効率的な開発法について弱小高校野球チームの成長の例を踏まえて解説する。