情報コード  Dz1
情報登録日  2019/03/14
情報作成者  河井正治

.各種のスポーツに共通する科学 その1(身体動作システム

・・・・神の創った素晴らしい人間の運動能力・・・・

1.身体の動作システム
 スポーツとは人間があるルールに従った動作を行い、その動作の優劣で勝敗を争うということである。すなわち本質的な原点は人間の身体動作であるといえる。その身体動作のメカニズムについて考えてみたい。競技力向上の本質に迫る極めて重要な知識である。
 人間の身体運営は、図1のように、目や耳などのセンサーの情報を神経で脳に伝達し、脳からの指示で筋肉を作動させて身体動作を行うという方式で行われる。赤枠中空の矢印は神経による情報の伝達と考えていただきたい。目や耳などの感覚器からの情報信号は神経を介してまず脳に伝達される。目や耳の信号は0.1秒間隔で脳に伝達され、状況の識別・動作選定作業が脳内で行われ、対応動作の指示が器官や筋肉の方へなされる。そしてまた0.1秒後に次の目や耳からの信号が神経を介して脳に入ってきて認識される、というサイクルで行われる。経験的にはどうも約0.1秒間隔でいろいろな動作や認識が行われているようである。いわゆる「目の残像時間が0.1秒」というのがこれを物語っていると思う。この間隔は人によって(0.08~0.12秒位は(約20%)変動があるようで天性のものだと思う。訓練程度も影響があるかもしれない。工学的にいうと「人間の身体活動は約0.1秒クロックの一定間隔で制御されている」と考えられる。これは、今までの経験から出てきた考え方で、医学的にも生物学的にも証明されたことではないのであるが、スポーツ選手の動作や振る舞い方を分析しているうちに出てきた原理的仮説である。しかし、この原理に基づいて解析すると極めて明確にすべてを説明することができる。真実に近い仮説であると考える。一連のインテリジェンス解説にはこの仮説に徹することにする。
 さらに、人間の身体各器官(筋肉や臓器など)の動作制御は、「自立分散型制御」と呼ばれ、脳からの指示があれば、その後の作業は脳の関与なしに各部所で自立的に行われるという方式になっているようである。脳は必要な器官に動作開始の指示をするだけでいいのだ。そうしないと人体の身体各所の筋肉や臓器などの数十万以上にもなる実施部所を脳で全部制御できるわけがない。地球上の生物が神から頂いた素晴らしいメカニズムと考えている。

              図1.頭脳と神経による動作の反応系

 一定間隔で制御を間欠的に行いその間は惰性や自立動作に任せるという制御形態は、工学的には「インチング制御」という(1インチ毎に一定間隔で制御するということから間欠的制御形態を総称していうことになった)。生理学的なことは分からないが、人間の身体運営は「0.1秒クロックのインチング制御で行われている」と考えている。つまり体中の生活活動は、脳からの0.1秒間隔の動作指示の繰り返し(インチング制御)で運営されていることになる。何度も繰り返したが、本当に天の創った素晴らしいメシステムであると思う。  身体活動は、ヒトの持つ0.1秒間隔の生活クロックで運営されていること、手足などの各部の器官が「自立分散型」で動作しているという重大なことを十分に認識して欲しい。一般的な生活活動の動作は、図1の中央の大周り矢印で示したように、脳内の一般ルートを介して行われる。目や耳からの情報が神経を伝わって脳に転送(赤枠中空矢印)されると、脳内の専用の認識処理ゾーンで識別し状況を把握する。内容が脳の処理ゾーンで対応動作を選別し神経を介して筋肉への指示を行う(赤枠中空矢印)。この一般ルート経由では動作開始まで0.5秒以上かかるのが通常である。  一般的な生活活動の動作はこのように行われる。脳内での状況識別や動作選定などの作業処理時間は各器官からの神経を介した信号伝達より桁違いで早いようであるが定量的には定かではない。

 2.繰り返し練習とは脳の「訓練ルート」の開発ということである!
 十分な訓練によって対応動作が明確な場合、図1にも表示したが、右側のルートのように、識別後の筋肉への動作指示は対象が習熟動作ということで訓練ルートを介して直接的に行われる。訓練ルートの状況は図2に示す。図2の左側の状態での一般的な生活活動の動作は脳内の一般ルートを介して行われる。目や耳からの情報が神経を伝わって脳に転送(赤枠矢印)されると、脳内の専用の認識処理ゾーンで識別し状況を把握し、対応動作を選別し筋肉への動作指示を行う。しかし、今までにない連続動作のなので動作の節目ごとに対象器官から今までの動作の終了信号を受けて次の動作開始指示をしなくてはならない。多くの時間がかかる。この一般ルートには動作開始まで0.5秒以上かかると前述した。動作の選別や実施手順の策定に時間がかかるためである。例えば内野手の捕球作業を初めてやる場合、一連の動作(打つ瞬間から来る打球に追いつき捕球する)には動作の節目ごとに脳からの指示と器官からの終了信号受け、次の動作指示を行わなくてはならない。そのために神経を介しての指示や完了のやり取りを何度もすることになる。神経の情報伝達は0.1秒クロックで行われるため、やり取りごとに0.1秒を要する。しかし、この状況は人間の普通の生活活動では何の問題もなく通常的に行われている。

         図2.一般ルートによる動作と訓練ルートによる動作の違い

 でも試合の中で敵の打球が迫って遅れを取ることができない場合などはそうはいかない。図2の右側に示すように、スポーツ選手は無意識だが、訓練による習熟で一連の動作を滑らかに機敏にできるようにして対応している。例えば野球内野手の捕球作業の例では、相手打者の打球追って体制を作り捕球するという一連の動作のセットが、繰り返し訓練によって習熟され能に記憶されるのである。この場合の訓練ルートによる動作実施では、脳からの「捕球指示」があるだけで、手や足の身体各部が自立的に習熟した一連の動作を行ってしまう。このルートでは脳内の作業と神経でのやり取りが大幅に少なくなるので対応が極めて迅速に行われる。これがいわゆる「身体で覚える」ということである。スポーツの繰り返し訓練や熟練作業の習熟訓練がそれである。今までの計測的経験によると、このルートでは目や耳に感じて筋肉が動き始めるまでの所要時間が男子なら0.15~0.2秒、女子なら0.2~0.25秒位であった。女子の方が少し長いようである。「訓練ルート」による高速動作実施処理という脳に関する身体の動作制御機能は、競技スポーツ実施にとって重大な人間の特性なのである。人間の身体の運営メカニズムはなんと素晴らしいシステムの複合体になっているのであろうか。大きな感動を感じてしまう。そして選手やコーチに、スポーツなどの繰り返しトレーニングが単に身体を鍛錬することが目的ではなく、脳の訓練ルートを開拓するという重要な役割があることを認識して欲しいと思う。繰り返し練習が単に鍛錬よりも訓練ルートの開発・蓄積であることの方が大切なのである。

3.訓練ルート開発による正解の一例(A県B高校の挑戦)
 スポーツの繰り返しトレーニングによる選手の育成は常識的である。どんな種目でもどこでも行われる。今更その成果はどうだということもないような気がするが、エピソード的な一例をあげて見る。私は、水泳連盟での世界との戦いの最中に、ある県の高校の野球部の強化のお手伝いをしたことがある。県立のこの高校(匿名希望)は大学進学率が県内トップで、受験校として著名である。当然入試の倍率も極めて高い。従って、野球部に入部した生徒のほとんどが中学生の頃は受験勉強に明け暮れており野球はほぼ素人といって過言がない状況であった。部活の練習も勉学中心のカリキュラムに制限を受けてままならない状態である。当然、甲子園の県予選でも毎年「出ると負け」を繰り返していた。その高校の甲子園挑戦を手伝うことになった。4.5.6の3ヶ月間、真剣に練習に励んだ。私にとって極めて印象に残る感動的な高校生との時間であった。この年、今まで「出ると負け」の弱小高校チームが、強豪校の多いこの県でなんと4回戦にまで勝ち進んだのである。

4.見違えるようになったジャストミート打球の数
「出ると負け」B高校野球部のバッティングの挑戦は、ジャストミートに徹する訓練から行われた。内容の詳細は「野球の科学(バッティングその2)」を参照にして欲しい。まず選手たちにバッティング技術向上にはジャストミートが最も重要な課題であること、いくら振りが力強くてもジャストミートしなければ打球は飛ばないこと、ジャストミートは±0.5cmの精度で球に当てること、鋭い円滑な動作を行う脳の訓練ルートを開発するための繰り返し練習の必要性、訓練ルート開発の繰り返し練習時の厳密な条件設定の重要性、円盤状のバット振り、バット振り開始時のバット寝かせ位置の指示などの知識を徹底的に教え込んだ。具体的には図3、4に示した台に置いた球打ち繰り返し練習である。ミート練習でよく行われるのが、トスバッティングである。すぐそばに座ったサポート者がバッターにボールをトスしてやり、そのボールを繰り返し打つというやり方である。でもこれは習熟訓練には最適ではないといえる。前の野球守備の解説で人間の運動能力には、脳に神経伝達の訓練ルートを開発することにより複雑で機敏な動作を円滑におこなうことができると述べた。脳に訓練ルートを開発するには同じ条件の繰り返し練習が必須である。トスバッティングでは、サポートするのは人である。人間のトスは、厳密に一定の位置や高さにボールを必ずトスすることはできない。いくらサポート者が習熟していてもボールの高さや位置はその度に必ず違っている。こういう状況では、打者はその度に脳自身で位置確認しその後の動作の対応を考えるステップが必要となり、訓練ルートの開発の大きな妨げとなる。脳の訓練ルートの開発にはできるだけ条件が一定なことが重要なのである。

          図3.打点の高さを±0.5cm以内          図4.ボール支え台

 球の位置や高さを一定にするには、図4のように台を作ってボールを置き、置いたボールを打てばいいのである。簡単である。こうすると図3のように構えた位置からバットを振り下ろしてきて、±0.5cmの制度でボールを当てる訓練の条件は一定になる。ある決まった位置にあるボールに精度よく当てるという一連の動作の訓練ルートの開発になる。1つのルートが十分に開発されてから後に、ボールの高さや位置を変えてじっくりと「訓練ルート」の対応の幅を増やしていくのがいいと考える。繰り返し練習による脳の訓練ルートの開発の基本的方法である。この練習でじっくりとジャストミートのための円盤状のバット振りに習熟することできると考えた。ジャストミートの判断は音ですることにした。打ったとき「カキーン」とした金蔵音(金属バット特有)がしたらジャストミートという判断基準にした。実際本当にそうであるかの検証はしていないが、多分そんなに誤差はないものと思う。ボール置き台にボールを置き、できるだけ実際の試合の時と同じ姿勢と動作で打つこと、一日最低30回繰り返し練習をすること、考えながら自分で工夫してやるようにしっかりと指示した。どうやったらジャストミートするか、ジャストミートの回数をどうやって増やすか、考えながら繰り返すことを促した。表1は、レギュラー候補12名の、実戦的ピッチングマシーンでの打撃練習の計測結果である。打撃は1人30球とし、球速は試合を想定し130㎞/時、直球でコースは真ん中とした。女子マネージャの耳で「カキーン」という音と判断した打撃の回数を記録してもらった。表の12人平均の項は360打席分のうちのジャストミートした回数である。その中で最もジャストミートが多かった選手を最高選手、最も少なかった選手を最低選手として個人データを記録した。計測はほぼ1ヶ月ごとに行った。回数の項はジャストミートの回数である。

      表1.±0.5cmを意識した練習によるジャストミート回数の向上


 表をみるとジャストミートバッティングの進歩の状況が顕著にあらわれている。12人の平均でジャストミート率が、当初14,1%しかなかったのが1月ごとに23.1%、28.6%と向上していった。当時「これは凄い」と内心でほほ笑んでいたのを記憶している。最高選手はいつもH君であった。彼は結局、試合で4番バッターを任されることになった。

5.実践での素晴らしい活躍!
 この成果は後日、当時のA県の夏の甲子園予選での4回戦敗退までの4試合で発揮された。それまで常時1回戦敗退チームであったB高校は、4試合のチーム打率3割2分、H選手の通算打率4割8分という凄いものであった。2回戦では10対1のコールド勝ち、4回戦では甲子園常出場の強力チームと対戦、最後までリードして互角以上に戦ったのであった。しかし結果的には、相手攻撃の9回裏に味方のエラーで点をとられて最終回逆転負けという悔しい結果になってしまった。皆悔しい涙を流したのだった。しかし、今となっては私にとって、熱い懐かしい貴重な思い出として心に残っている。多分チームのメンバーも受験勉強そっちのけで手伝ってくれた女子マネージャ達も、顧問の先生(監督)も、英断した校長先生も、みな同じであろう。この素晴らしい思い出を作ったのは、±0.5cmの「ジャストミート打法」とその真剣な訓練であったと思う。

6.「訓練ルート開発」という概念
 ここで解説した内容は、人間の脳を中心にした身体の運営システム、0.1秒間隔のクロックによる間欠的制御法、手足などの身体各部の自立分散型の処理、「訓練ルート」という概念である。いずれも斬新な知識であると思う。 0.1秒クロックによる一定間隔制御という概念は、もしかしたら脳と身体各機関との交信がポーリングされたいるために生じるのかもしれない。ポーリングとはIT用語で、複数の機器やソフトウェアを円滑に連携させる制御方式のことをいう。脳が身体各器官に対して一定間隔で順繰りに要求がないか尋ねてその都度指示するという方式である。この順操り時間が0.1秒前後なのかもしれない。
 さらに重要なことは、スポーツの繰り返しトレーニングが単に身体を鍛錬することが目的ではなく、脳の訓練ルートを開拓するという重大な役割があるということである。繰り返し練習が単に鍛錬ではなく訓練ルートの開発・蓄積であることの方が大切なことなのである。選手やコーチに認識してほしい。「繰り返し練習が単に鍛錬ではなく訓練ルートの開発・蓄積である」ことを!